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■私の想い(きっかけ)
1973年、私は結婚のため仕事を辞め、横浜から札幌に転居してきました。16年間専業主婦をし、東区などで夫と二人の娘との生活を送りました。私の両親も18年前、横浜から東区へ転居し元気に暮らしております。
1990年、40才で社会人復帰をし、企業とお客様という社会を持つ事になりました。途中約7年、東京本社勤務となり夫と愛犬を札幌に残した逆単身赴任で、管理職として日本全国の店舗と関わる活動をしてきました。
東京勤務の10年前、偶然「女性のための政治スクール」の存在を知りました。
1995年女性の政治参画を促進する目的で開講し、女性活動家の先がけ加藤シヅエさん(故人)が名誉校長でした。
スクールでは、毎回著名な講師を招き、政治を考える多彩なテーマの講演や国内外への視察、調査、ディベート等を行っています。全国各地の地方議員や地域活動を実践している方の姿から視野が広がります。
地方自治こそ、女性が生活者として発言し、支え、より良く変えていかなくてはいけないと強く思いました。
帰札する度、札幌はどこよりも住みやすい街と実感しました。つぶされそうな満員電車通勤も無く、程よい大きさの街は疲れない。
ふと子供を育てていた頃を振り返ってみると、子供達は毎日を伸び伸びと過ごしていました。
四季折々の自然を間近で感じられ、触れられる、他の街ではなかなか経験できないことです。
恵まれている事を、案外地元札幌で生活している人は気付いていないのです。
様々なライフスタイルを生かし、だれもが快適に生活できる社会こそ、札幌の未来であってほしいと思いました。
2006年春札幌戦略会議が市議選候補の公募を知り、女性の声を市政に届け、生活者のための政治に参画できたらと考えていた私には大変幸運なチャンスであり、地盤・看板・かばんを持たない一市民が市議を目指すことが出来るのは、画期的なことでした。
又自分の想いを遂げるには、多くの方のご支援やご協力をいただき初めて叶うことも実感いたしました。
私はどのまちよりも札幌が大好きです。
この札幌での37年の経験と学んできた事を活かし、市民の代弁者として、生活者として市政に参画しています。
それが、家族が健やかに生活できる札幌への恩返しであり、私に課せられた事だと思うからです。
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