札幌市資料館資料室
-全会一致で採択されました。-
南4東4の遠友夜学校の跡地は、昭和37年に本市が財団法人遠友夜学校に対し、青少年の健全育成を目的とした施設を設置することなど4項目を条件に土地の無償提供を持ちかけ、財団がこの計画に同意をして、札幌市は寄附を受けたものです。
この際、本市は札幌市長から財団の理事長に宛てた書面において、青少年の健全育成を目的とした施設を設置することなどの計画を示しておりますが、その中で「新渡戸先生並びに遠友夜学校関係の業績を記念顕彰する施設、設備を、市と財団で協同して設置する。」とあり、続く昭和42年に双方で交わされた寄付に係る同意書においても、これが受け継がれています。
私は、双方が同意したこの条件は、当時から50年以上の歳月が経った今も、十分に尊重されなければならないものと思っており、
その当時は札幌市としてもこの跡地がいかに歴史的、文化的、教育的に重要な地であったかが認識されていました。
時代が経つにつれて、その場所が遠友夜学校の跡地であったことや、青少年ホームの中に「遠友夜学校記念室」があったことを、近くに住む札幌市民でさえ知らないという状況になり、ましてや遠友夜学校で行われていた新渡戸夫妻と札幌農学校・北大の学生や教師、多くの市民によるダイナミックなボランティア活動のことが市民や札幌市から忘れられてしまったことは、極めて残念なことです。
昨年5月の総務委員会陳情審査において、私は資料館と北大博物館、考える会の新たな記念館との間における関係資料の巡回や、行事等の連携に関する可能性について質問し、教育委員会からは、生涯学習の観点から検討していくとの答弁をいただきました。
しかし、最近、遠友夜学校記念室の資料を北海道大学に寄贈するとの話を耳にしており、今回の陳情において、考える会による記念館建設の話がある中で、私は何か釈然としない思いがしてなりません。
遠友夜学校開設から120年が経過し、資料の永続的な保管や更なる学術的研究など、将来的視点から北海道大学に移転を決定されたことについては一定の理解をしますが、札幌市が責任放棄をしたと思われても致し方ないとも思うのです。
先日北海道大学博物館を見学してきました。歴史を感じさせる建物の中にあった新渡戸稲造や遠友夜学校に関する資料は少なく、これでは資料館にある資料は、のどから手が出るほど必要とされているのだろうと思いました。
一方で、これまでの資料館のように、新渡戸稲造や遠友夜学校の功績に一般の市民が気軽に閲覧できるのか?また、今回の考える会のような民間研究者や団体などに対する事業協力、たとえば資料の閲覧や長期貸し出し、遠友夜学校にちなんだ行事の連携等は得られるのか?といった懸念もあります。
北海道大学への市民の財産である資料の移転に際して、市民や民間研究者団体への資料の閲覧や長期貸し出しなどの事業協力について、継続性を失わないように、書面で申し入れを行うことを求め、教育長からは、北海道大学への移転に際し、資料の閲覧や協力等配慮を求める旨の申し入れをしたいとの答弁がありました。
6月22日には遠友夜学校創立120周年の講演会が予定され、夏には、札幌国際芸術祭も開催され、資料館も市民活動の拠点として活用されます。
国内外からたくさんの観光客が訪れることを考えますと、芸術祭開催期間中は、新渡戸稲造を中心とする遠友夜学校の功績を広く発信し、また、この貴重な資料を見ていただく絶好の機会であると考えます。
北海道大学への移転時期は、芸術祭が終了した後にしていただくこと、北海道大学では時期を置かずに展示をしていただけるよう札幌市として要望されることを、求めて質問を終わりました。


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篠田江里子

篠田江里子

プロフィール

1950年東京都生まれ、横浜市、名古屋市育ち、慶応義塾大学卒業、結婚により札幌市へ。
専業主婦を経てローラアシュレイジャパンで社会人復帰、札幌・東京の店長やマネージャを務め、2006年退社。
東京赴任中、円より子主宰“女性のための政治スクール”に参加。民主党さっぽろ公募を経て2007年札幌市議会議員に初当選以来3期12年の活動。
各常任委員会委員長、予算・決算特別委員会委員長、冬季五輪招致・スポーツ振興調査特別委員会委員長、札幌市都市計画審議会委員歴任。
(家族:既婚の娘二人、母)

活動履歴

  • 札幌市DV(配偶者間暴力)被害者支援ボランティア
  • 札幌市食生活改善推進委員
  • 高齢社会を良くする女性の会、I女性会議、ゆいネット、BPW会員、SI札幌会員
  • 保護司・札幌認知症の人と家族の会
  • 環状通東商工会委員、すすきの観光協会理事
  • 国民民主党北海道女性委員長